ひさおくんRの毎日

モロッコ旅行記(前半)カサブランカからアトラス山脈超えまで

d0318516_19592864.jpgこの季節のモロッコの気候なんて日本よりちょっと暑い程度だろうと踏んでいた。

(9日間の添乗員付きツアー旅行です)。

あまり気候の情報も無く、全体的にはスニーカーを履いて過ごすつもりで、

2週間も前から履きなれたスニーカーを用意した。もし、暑いようならラバーの

サンダルで動き回ろうという感じだった。

飛行機は、ドバイ経由で待ち時間を入れると合計25時間(待ち時間5時間)も

かかった。機内では専用スリッパで過ごしたが、トイレで誰かが床に落とした紙

をスリッパ裏面にくっ付けてしまい、ズルズルと自分の席まで運んで来てしまった。

隣席の妻に「紙、引きずっているよ」(10cm位はみ出ていた)と言われ、

気が付いた。このトイレ紙がしつこく付着していて、飛行機の床面にこすり

つけて取ろうとしたが、これが中々取れない。通路側に白い紙影を残したまま

早くカサブランカ空港に到着する事だけを考えていた。やっと到着し、

スリッパからスニーカーに履き換えようとしたら、足が浮腫んでいたらしく

中々履くことが出来ず、ヒモを若干弛めてなんとか履けた。

カサブランカ空港内部は、超シンプルな作りで飾り気ゼロ(壁面広告なんか無い)

という発展途上国のような感じだった。外はカサブランカの明るい光と爽やかな

風に包まれて、一挙に解放感に浸った(この時、現地時間は午後1時頃)。

迎えのバスに乗り、すぐに首都ラバトへ。

ラバトでは、王宮、ハッサンの塔、モハメド5世廟と次々と観光し、またバスで

モロッコの古都フェズのホテルへ。(現地は夜の9時過ぎ到着)

添乗員が気を効かせてチェックインをしてくれ、我々はすぐに夕食となった。

バイキング形式の食べ物達は、全体的に美味しくなかった。ビールを飲んだり

し、結局ホテルの部屋に入れたのが夜11時となって、風呂に入ろうとジーンズ

を脱いだら膝から下が倍も膨れ上がっていた。無理もない、8時間以上きつい靴

を履きっぱなしでいたため、両足とも大げさに言えば「象皮病」のようになって

しまった。とりあえずバスルームの湯船に浸かりゆっくりリラックスを心がけた。

初日でかなり移動し疲れたが、翌日のモーニングコールは6時半であった。

私は、もう靴は諦めて、これから全日程「サンダル」一本と決めていた。

朝8時にホテルを出発し、フェズの街の細い迷路(狭い所では人2人分)を徒歩で

巡った。これが4時間もあり、ツアー客の中には杖をついて歩く人もいて、辛い

移動となったと思う。狭い中、荷物を乗せたロバが通り独特の臭いがきつかった。

フェズでは広大な「皮なめし職人地区」が圧巻だった。皮なめしと染料の臭いが

強烈で、事前に新鮮なミントの枝が配られた。ミントの葉からすっきりとした

香りが漂い、臭気をカットしようという作戦だ。

皮なめし場を4階の建物の屋上から観察し、下の階に下りるとそこは皮製品の

直売所になっていた。今回のツアー客は老若の女性たちが大半を占め、その

女性たちの眼の色が変わる「お買い物タイム」になって行った。女性たちの

目標は、モロッコ伝統の履物「バブーシュ」(皮製スリッパのようなサンダル)

で、日本円にして2,000円以上のバブーシュが飛ぶように売れていた。

原価は安いだろうに‥‥と思った次第でした。

フェズの登り道を歩き、午後2時すぎレストランに着いた。楽しみにしていた

タジン鍋が出て来た。中身はチキン蒸し料理だったが、チキンそのものの臭み

が少しあって、ちょっとガッカリ。その後、城砦都市のメクネスに立ち寄り、

世界遺産のヴォルビリスへ向かった。(現地時間午後6時、まだ全然明るい)

ヴォルビリスは、紀元2世紀頃の古代ローマ遺跡のことである。遺跡の状態

は良くは無く、見るべきものは無かった。これならトルコのエフェソス遺跡の

方がずっと上等だと思う。つまらない遺跡の痕跡を長々と現地ガイドに解説

されながら、なんとか見終えてバスでフェズに舞い戻った。そういえば、

昼間にフェズの一般家庭にてミントティーをご馳走になった。

(ティーポットに新鮮なミントの葉を入れ、そこに熱いお湯を注ぎちょっと

待ち、各々のコップに熱いまま入れ、好みに応じて砂糖を混ぜて飲むもの)。

私はノンシュガーで飲んだ。実は、バスの途中で立ち寄ったドライブインで

既に飲んでいた。それは砂糖がどっさり入っていて、甘過ぎてミントの

香りと味が台無しだなと思ったからだ。砂糖を入れないミントティーなら

何杯飲んでもいいとまで思った(健胃整腸作用あり)。

翌朝は、いよいよアトラス山脈を越えて、サハラ砂漠の入り口を目指す。

エルフードへは7時間超の長いバス旅になった。バスは山をどんどん

登り、途中で昼食をとった。このレストランではマスのホイル焼きが美味し

かった。ついでにジャガイモのスティック揚げも美味で追加注文して

しまったくらいだった。山を登るごとに気温が下がってきて、上着を

着たり、サンダルなのに靴下を履き、飛行機でせしめた毛布を掛けて

何とか事態を乗り越えようとした。頂上付近のトイレ休憩地点のカフェ

では、スキー板がたくさん束ねてあったりして日頃の寒さを忍ばせて

いた。カフェを出る頃には、みぞれが激しく降りつける状況になり、

急遽、折り畳み傘を差してバスに戻った。出発したバスの外は一面の

雪景色に変わり、「ここがアフリカか?」と思わせる事態になって来た。

まあ無理もない、地上2,000mを超えている地点なのだから。

1,000m位の標高になって、やっと雪景色は消え寒さも和らいできた。

人家が見えるようになり、ツアー客達は、さすがに寒さが堪えたのか

「トイレ・コール」を訴え始めた。現地ガイドが機転を利かし、途中の

カフェらしき所で「アポ無し」停車をして事なきを得た。

サハラ砂漠の入り口、エルフードからは、バスの入場は不可なので、

我々全員が一泊分の荷物を別にして、4WDに乗り換えメルズーガ

という地点まで移動した。一時間くらいで本日の宿泊地である

ホテルトゥンブクトゥに到着した。(現地時間夜7時すぎ)

このツアーでは、毎日一人500mlの水が朝に配られるが、大量の

薬を飲む私は、さすがに水が足りなくなり、こんな砂漠の真ん中で

ミネラルウォーターを別途調達する必要が出て来た。夜8時の夕食

時に1.5Lの水を注文した。高い値段を要求されるかと思ったら、

15デルハム(日本円で150円位)と予想外の安さだった。ちなみに

ビールは45デルハムだから1/3の値段だ。砂漠だったから客の足元を

見られてビールより高くても文句は言えない。さらに、料理群が

砂漠という場所を考えると、よくもこんなに揃えられるのかと思う程

充実していた。部屋に戻って来る途中、夜空を見たがプラネタリウム

のような大星群を見るという訳にはいかなかった。満月とかも影響した

かもしれない。次の日は、サハラ砂漠の朝日を見るため、早朝4時半の

モーニングコールという予定になった。
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by domaosaz | 2013-06-18 20:01
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